メールマガジン「幸山せいしマガジン」

一覧へ戻る

いよいよ最後の日を迎えました。

2014年12月05日

皆さんこんにちは。何かと気ぜわしい師走ですね。いかがお過ごしでしょうか?
イルミネーションがあちらこちらで綺麗に輝いています。

『幸山せいしマガジン vol.115』をお届け致します。

//
☆━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
 [1]コウヤマノート(幸山政史がメルマガ用に特別に書き下ろしています)
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
12月2日、熊本市長就任から4383日目、いよいよ最後の日を迎えました。いつもはそんなことは滅多にないのですが、前日の夜はベッドに入ってもなかなか寝付けずに、しかもかなり早い時間には目が覚めてしまいました。2~3時間ほどしか眠れませんでした。

その日は、必ず週に一度は利用してきたバスで市役所へ。そのまま正面玄関に立ち、職員たちを迎え入れました。この朝の挨拶も、6年ほど続けてきました。「最終日とはいっても、通常と変わらない一日を過ごしたい」との、私のささやかなこだわりでもありました。6月2日に不出馬表明をした際「残り半年間の過ごし方で12年間の評価が決まる」との思いから、それまで以上に全力を傾注して、日々変化する市政の課題に取り組んできました。ですから、最終日も特別な一日とすることなく、「通常の業務を終え、気が付くと市長としての任期が終わっていた」という形が、私にとっての理想でした。

朝の挨拶を終えて市長室に戻り、数件の決裁等を済ませ、局長等を対象とした市政経営会議、そして管理職を集めての14階ホールでの退任式に臨みました。
この場所では、毎年の仕事始め式や熊本市版三位一体の改革を始めるに当たっての職員研修、そして不祥事が相次いだことから、緊急召集して危機感を訴えたこともありました。最も鮮明に記憶に残っているのは12年前の12月3日、初登庁日の就任式。ずらりと並ぶ職員たちを前にして、緊張感いっぱいで初めての訓示を述べました。現職の市長と戦って当選したのは、熊本市政の長い歴史の中で、おそらく初めての出来事でした。ガラス張りの市役所や市政刷新を訴えて当選した私は、職員たちにとっては"招かれざる客"なのだろうと思い込んでいました。そして「このなかで私が当選するとは誰も思わなかったでしょうが…」と挑発的な言葉を発しました。

12年の歳月が流れ、その職員たちに感謝の言葉を伝えました。行財政改革や合併・政令指定都市、その他の様々な課題について、私だけでなし得たことは何一つとしてありませんでした。深夜までの会議や厳しい口調でのやりとりを思い出しながら、職員たちとともに取り組んできたことが、私にとって何よりの財産であることを伝えました。そして「市長が誰であっても変わることのない、公平公正で信頼される市役所づくりに、職員たちが主体的に取り組んでいくことを期待する」と、最後の言葉として伝えました。

その後は、いつもの健康弁当で昼食をとり、庁内外の挨拶まわり。一件でも、一人でも多くと、足早に駆け回りました。衆院選の公示と重なったために、午後の少し遅い時間に変更された記者会見に臨み、しばらく残務整理をしていると、就業時間である17時15分を迎えました。いよいよ退庁する時間です。
初登庁の際には、業務中であり、来庁者に迷惑がかかるとの理由から、「職員の出迎えは控えるように」と指示していましたが、庁内に一歩足を踏み入れると、大勢の職員たちが拍手で迎えてくれました。「約束と違う」と思いましたが、嬉しさを抑えることができずに、さすがに怒りはしませんでした。そして退庁の時、やはり同様の理由から、業務終了後に退庁する意向を伝えていました。あまり遅くまで居ると、翌日の引き継ぎ等の準備に迷惑がかかるかも、とは思いましたが、今回は私のわがままに応えてくれました。そして12年前と同じように、花束を抱え、大勢の職員の拍手に送られながら、通い続けた市庁舎をあとにしました。

翌日、少し照れ臭くはありましたが、前市長の立場で再び市役所を訪れ、大西市長と引き継ぎ式を執り行いました。これで完全に襷を繋いだことになりました。今年の年頭の一文字が「繋」。年頭からこの場面を想定していたわけではありませんでしたが、無事に任期が全うできたこと、次の方に繋ぐことができたことに安堵しました。
引き継ぎ式を終えて、その直後から都市圏域の市町村へ挨拶周りを始めました。都市圏市町村への挨拶周りは、合併政令市を目指して、市長就任直後に取り組んだことでした。そして一旦断念した後も、再スタートを切るべく「都市圏及び政令指定都市に関する研究会」への参加を呼び掛けるために、再び周りました。合併町だけでなく、都市圏全体としての理解と協力がなければ、政令指定都市の誕生も難しかったのではと考えています。そのお礼の意味も込めて、公用車から私の自家用車に乗り換えて、2日間で周り切ることが出来ました。車窓からの景色が、これまでと少し違って見えたことが、不思議でした。

節目を迎え、新たな一歩を踏み出しました。とはいえ、どの方向に進むのか、まだ定かではありませんが、次への一歩であることには違いありません。
今後は出来るだけ表に出て、肩書きを持たずに、色んな人たちと話をしてみたいと考えています。皆さんも、もし見かけることがありましたら、どうぞ遠慮なく声をかけてください。今後ともよろしくお願いします。

 

   //
☆☆☆━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
   [2]コウヤマdata  「熊本市長最後の日の前と後」
              
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
 
 幸山市長は不出馬表明からの半年間の180日、フルマラソンで例えるなら残り1.73キロメートルを今まで以上に加速してゴールインしました。(市長在任全4383日、フルマラソンは42.195キロメートル。比率で算出してみました) 
 持久走やマラソンでは皆さんも残りわずかな時、きっと今までの走りを無駄にしないために力を振り絞ると思います。
 これがもし駅伝で次の人が待っているとしたら、さらに全力となるでしょう。襷(たすき)を確実に渡すために・・。次のランナーにできるだけ負担を残さないように。幸山市長はまさにその通りでした。まるでフルマラソンの駅伝をしていたようです。
 ゴール後は皆さまからたくさんのメッセージや花束を受け取りました。本当にありがとうございました。
しかし、幸山さんは立ち止まることもなく、少しスピードを緩めて笑顔でコース外へと向かって走り去って行きました。それはまるで次のスタートラインを目指しているかのようでした。

皆さま本当に市長時代の応援ありがとうございました。そして今後ともよろしくお願い申し上げます。
 
//
☆☆☆━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
編集後記 ずっと市長とお呼びしていたので、退任後は?「先生」とか「ボス」とか・・・。
やはり「幸山さん」が一番しっくりきてます。(大橋)
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

幸山せいしマガジンについて

【ご意見をお待ちしています】
 ・ご意見やご要望は、お気軽にメールでお送り下さい。 
 ・セキュリティ確保のため、メール添付ファイルは開かず削除します。
  ご意見は、本文のみでお送りくださるようお願い致します。
 ・「幸山せいしマガジン」に対するご要望やご提言などはこちらへ。
  →jimusho@kohyama-office.com 
【このメルマガについて】
 ・転送、転載は自由です。ご友人に紹介いただけます。
 ・「幸山せいしマガジン」の配信申込・解除はこちら。
 → http://www.kohyama-office.com/

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
発行:幸山政史事務所
住所:熊本市北区貢町378-1
電話:096-245-3525
FAX:096-245-3542
Eメール:jimusho@kohyama-office.com

一覧へ戻る

幸山政史の一問一答幸山政史の会

スタッフダイアリー
幸山政史インタビュー
幸山政史facebookページ

 

QRコード