コウヤマノート

私にとっての島田真祐氏

2017年12月1日

『島田美術館』の島田真祐館長が昨日の未明に亡くなられました。お目にかかった翌日の悲報でしたので、ただ動揺し、残念でなりません。

「自宅で最後を迎えたい」その言葉通りに、美しい紅葉をまとった木々に囲まれたご自宅で、ご家族に見守られながら静かに最後を迎えられました。

私が島田館長の存在を初めて認識したのは三十数年前。大学受験のために通った予備校で古文を教わりました。

当時の印象は「格好いい大人」。常に背筋がピンと伸び、武士のような立ち振る舞い、低音で教室いっぱいに響く声、十代の私からすれば別世界の人物に映りました。

その後はかなり間が空き、次に対面したのは熊本市長に就任してから。熊本城の復元整備の進め方や熊本城以外の文化財の保存について等、熊本市の文化行政に苦言を呈されました。それはもちろん単なる批判ではなく、説得力のある言葉と久しぶりの独特な雰囲気に、納得せざるを得ませんでした。

一度、事務所から定期的に発行している機関紙の企画として、対談を申し込んだことがあります。今思えば、あまりにも格の違う二人の企画にも気軽に応じていただきました。

ただその際、私の発した「温故知新」という言葉には、眼光鋭く「その言葉忘れなすなよ」と釘を刺されたものです。全てが見透かされているような気になりました。それから時折、島田美術館を訪れるようになり、門をくぐる瞬間には背筋がピンと伸びるのが分かりました。

展示品の説明はもとより、歴史や文化だけでなく政治の話まで、時にはユーモアを交えながら話してくれましたが、最初の頃は笑っていいものかと戸惑うこともありました。最後まで緊張感が無くなることはありませんでしたが、感じる温かみはお会いする度に増していったものです。私にとってはいつまでも師でありました。

最近では病と闘いながらも、やはり時間をかけて色んな話をしてくれました。言葉が聞き取りにくい時もありましたが、何を伝えたいのかははっきりと分かりました。最後にお会いした時、残された力を振り絞るかのように、いつも以上の鋭い眼光とともにかけていただいた言葉を忘れることは決してないでしょう。

ありがとうございました。どうぞ安らかにおやすみください。
幸山政史の一問一答幸山政史の会

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