コウヤマノート

オリンピックもほどほどに

2017年7月25日

昨日は東京オリンピック3年前のイベントが各地で開催されたようで、ほとんどのテレビ局がその賑やかな様子を報じていた。機運の醸成のために、これからますます増えるものと思われる。

そんなニュースを眺めながら、私も大会の成功を願う者の一人ではあるが、違和感を感じざるを得なかった。というのも、その少し前に、新国立競技場の建設現場で働く人が、残業時間が月200時間をも超える過酷な労働環境に耐えきれずに、若くして自ら死を選んだとのニュースを観たばかりであったから。

もし東京オリンピック3年前イベントのニュースをご遺族がご覧になったとしたならば、どんな気持ちになられるだろうか。そのことを思うと、とてもうきうきした気持ちにはなれなかった。

主催者に対してはイベントを自粛するなり、報道機関に対しては報じ方に配慮や工夫を求めたくもなった。

繰り返しではあるが、半世紀ぶりの東京オリンピックには私も期待し、楽しみにもしている。ただ、リオデジャネイロオリンピック後の使われない施設や、2020東京オリンピックの準備に向けたドタバタぶりを見ていると、オリンピック自体は抜本的な見直しが必要な時期を迎えていることを確信する。

なぜ酷暑の中に無理して早朝からマラソンを走らせるのだろうか。オリンピックは発祥の地であるアテネか、もしくはアスリートにとって最適な時期と場所で、固定して開催した方がよいと思う。

莫大な予算を支出できる国も限られてきており、これ以上、誘致競争や施設整備に多額なお金を使う必要はない。

せっかくの東京オリンピックを前にして水を差すようだが、商業主義から脱して、本来のアスリートファーストの大会に抜本的に見直す必要があると思う。オリンピックに酔うのもほどほどにして、冷静な視点を忘れないようにしたいものだ。
http://www.nikkei.com/article/DGXMZO19166340U7A720C1000000/
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