コウヤマノート

「ゆりかご」開設10年①

2017年6月30日

熊本日日新聞のくらし面に、ゆりかご開設10年の寄稿文を2日間にわたり掲載してもらった。以下は、その原稿を紹介します。


こうのとりのゆりかご開設から10年たちました。私は2002年12月から12年間熊本市長を務めましたが、この設置許可の判断が最も悩ましく難しかったといっても過言ではありません。先例のない「生まれたばかりの赤ちゃんを匿名で預かる施設」の誕生にかかわる判断でした。

部局をまたぐ庁内連絡会議で繰り返し議論し、浮かび上がった問題点について慈恵病院に考え方を確認し、国や県、県警等からもさまざまな指導や助言をいただきました。「子どもの命を救う最終手段として必要だ」「育児放棄を助長するだけでは」などと賛否両論ある中、最終的には「医療法上の変更許可をしない合理的理由はない」と、行政の長として許可の判断をしました。

背景には「救われる命があるのであれば」との個人的な思いが確かにありました。そして、許可はしても「できるだけ使われない方が望ましい」ことに言及し、慈恵病院に相談体制の整備を求める一方、県とともに熊本市も24時間体制の相談窓口を設けた上で開設の日を迎えました。

以来、ゆりかごには130人もの幼い命が預けられています。

私は熊本市長として7年8カ月ゆりかごを見守り、検証を続けました。私人となってからもその動向を見守り続けてきた一人として、ゆりかごが社会に問いかけ続けている「声」を感じずにいられません。それは「なぜゆりかごが必要とされたのか」「ゆりかごを取り巻く社会の何が問題なのか」「その問題に正面から向き合っているのか」ということ。熊本地震から1年が過ぎ、風化が懸念されていますが、ゆりかごも同様かもしれません。私たちはゆりかごの発する「声」にもっと耳を澄ます必要があると思います。

ゆりかごは「命を救う最終手段」としての存在意義とともに、いくつかの課題を抱えています。

ゆりかごに預けられた130人のうち、多くは預け入れに来た人との接触がなされ、いったん預けたものの思い直した例もあります。一方で、身元が全くわからないケースも少なくなく、匿名のため、子どもが出自を知る権利が侵害されているとの指摘があります。低体重や低体温など、ただちに医療的ケアが必要なケースや、自宅や車中など母子ともに危険な環境での出産も増えています。これらの課題にも向き合わなければなりません。

ただ、こうした課題も、ゆりかごという存在なしに表面化することはありませんでした。誕生した幼い命が、いとも簡単に棄てられ、殺されてしまう事件を私たちはこれまでどれだけ見てきたことでしょう。ですが、身近な問題として議論されることはあまりなかっように思います。

また、ゆりかごという象徴的な存在があるが故に、慈恵病院の相談窓口には年間6000件を超える相談が全国から寄せられています。相談内容も含め、ゆりかごを通して明らかになったことは、妊娠や出産に関することにとどまらず、児童虐待やDV、貧困、格差等、現代社会の抱えている問題を浮き彫りにしてくれました。あとは私たちがどう向き合うかにかかっています。

ゆりかご設置のきっかけとなったドイツでは、そうした課題を検証する中で、相談機関に実名を明かした上で、医療機関では匿名で出産できる内密出産制度という仕組みが始まりました。私たちが国に積極的な関与を求めてきたのは、一つの自治体の枠を超えている問題であることは明らかであり、ゆりかごを通して明らかになった課題を法律や仕組みによって改善の方向に導くためにも、その存在は不可欠だと考えたからです。市長時代に、ともに検討する体制を作れなかったのは私の力不足でしたが、今後も強力に働きかけてほしいと思います。

国や広く社会を巻き込みながら、ゆりかごの発してきた「声」に応えていく―。10年目以降の重要な課題です。
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