コウヤマノート

新聞

2017年6月20日

溜まった新聞をスクラップしようとしているが、記事に目がとまり、何度も作業が中断してしまう。そしてあらためて、熊本震災の風化を懸念しつつも、自らの記憶が薄れていることを実感し、本震と前震の翌日も新聞はちゃんと届けられていたことに感動した。

当時は行政も混乱し、情報が錯綜する中、信頼できる情報として食い入るように隅々まで目を通したことを思い出した。

その後も、被災状況や被災者情報、救援物資や避難所について、復旧復興の進捗状況等々、刻一刻と変わる震災後の熊本の様子を間断なく私たちに知らせてくれている。

最近では、アメリカの大統領選挙辺りからか、国内でも新聞情報に対して“フェイクニュース”といった言葉が頻繁に使われるようになった。また“新しく聞く”と書く新聞は、SNSの発達で速報性に欠ける点は否めない。情報量も爆発的に増えた。ある意味では新聞というメディア媒体は危機的な状況ともいえる。

熊本地震を経験した私たちにとって、新聞は貴重な信頼できる情報源であり、次世代に引き継ぐための重要な記録でもある。そして風化を防ぐために今後も大いに活用すべきものと位置付けたい。
4月15日と17日の分は切り抜かず、そのまま保管しておくことにした。
幸山政史の一問一答幸山政史の会

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