コウヤマノート

成人の日に何を伝える

2017年1月9日

成人式の今日は、各地の成人式の様子が報じられていた。
その中には警察が出動するような荒れた成人式もあれば、親に感謝の気持ちを込めた感動的な成人式も。全国各地で行われているだけに、様子は様々だと思う。

私も12回、熊本市の成人式を経験し、その都度、思いを込めて新成人にはなむけの言葉を贈っていた。「原稿を読むと伝わらない」と思い、早い段階から原稿は胸ポケットに納めたままで自らの思いを伝えてきた。

もし今回も贈るとしたら、震災のことには間違いなく触れただろうし、それだけでなく、自らの周りに築かれている壁があるとするならば、それらをとっぱらい、自らの持つ可能性を可能な限り広げることで、新たな視点で社会貢献を果たしてくれることを期待する旨の言葉を、きっと贈ったことだろう。

今日のニュースの取り上げ方については、相変わらず荒れた成人式や歌をうたう首長の話題ばかりのように感じられた。
熊本では昨年、未曾有の被害が発生している。未だに復旧が進まない中で、新成人たちが今回の熊本地震とどう向き合っているのか、行政や政治は新成人に何を誓ったのか、その点にもっと焦点をあててほしい、そのように率直に感じたところ。

歌をうたう市長はいてもよい。しかし、そんなことはどうでもいいわけで、今年はどんな年であるのかを前提に、核心を取り上げるのが報道機関のあるべき姿であると改めて強く感じた。
幸山政史の一問一答幸山政史の会

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