今、新たな挑戦へ―幸山市政3期を総括

平成14年、熊本市長初当選を果たし、走り続けてきた12年。12月2日に任期満了を迎え、通い慣れた庁舎を後に新たなスタートを切りました。これまでの政治家としてのあゆみを振り返り、3期にわたる幸山市政を総括するインタビュー特集。幸山政史のストレートな思いをご紹介します。

「聞く」「決断する」「責任を取る」のが市長の仕事 重責を担った幸せな12年間に感謝

―あの事業は国の交付金を使った事業であり、結果的に入場者数日本一にもなり、経済効果も生まれました。当時、予想される経済効果なども含めて、もっと市民に納得のいくような説明をすればよかったのでは?

幸山:確かに説明不足な点もありましたが、GOサインの判断自体を受け入れることのできない市民は必ずいるんですよ。首長の判断に対して、100%の市民が支持してくれるということは、ありえないでしょう。行政改革の一貫で、さくらカードを有料化するという決断では、反対派がかなり活発な動きを展開したり、市立産院を市民病院に統合するという時も反対運動が広がりました。

職員との「オフサイトミーティング」、地域に出向く「おでかけトーク」をはじめ、市民との直接対話を大切にしてきた

 首長の仕事を簡略して三つ挙げるとすれば、一つ目は、広く市民の声を「聞く」こと。いろんな場所へ出かけて、さまざまな立場の人々の意見を聞いた上で、二つ目は、「決断する」こと。決断したことに対する説明責任も含め、三つ目は「責任を取る」ことです。「聞く」「決断する」「責任を取る」、市長の仕事は、日々この三つの繰り返しですね。

 大きな判断から日々の判断まで、その判断に対する反対や批判なども受け止める覚悟が求められる仕事だといえるのではないでしょうか。

―そういう重責を12年間務め上げたわけですが、正直疲れたのでは?

幸山:「疲れない」とは言いませんが(笑)、自分自身がやりたいと願い、なった立場ですから、後悔したことは一度もありません。とっても充実した、幸せな12年間を過ごさせていただいたと思っていますし、こんな機会を与えていただいた市民の皆さまには感謝の気持ちでいっぱいですね。

―首長といえば、セレモニーに出席したり華やかな部分ばかりメディアに取り上げられたりしますが、実際の首長の日々とは?

幸山:テレビや新聞で報じられるのは、式典でテープカットをしたり、挨拶をしたり、あるいはパネルディスカッションで発言する様子等が多く、華やかに見えるかもしれませんが、それはごく一部に過ぎません。

「あいさつ運動」は、職員とのコミュニケーションであり、自分自身の元気の源でもあった

 私自身は先ほどお話したように「聞く」ということに一番時間を割いてきました。地域に出向き、トータルで350回ほど住民との直接対話を実施してきましたし、庁内での協議にもかなり時間を割いてきました。

 市長といえば華やかに見られますが、そういった地味な活動の積み重ねですね。例えば以前の東京都知事などは、週に2~3回しか登庁しないという話もありましたが、就業規則があるわけではなく、人それぞれのスタンスで執務することは可能なんです。

 私は自分のやり方で進めてきましたが、「もっとトップセールスすべきだ」「対外的な行動に時間を割くべきだ」といった指摘を受けることもありました。就任当初と現在では少しずつ変わってきた部分もあるでしょう。特に政令指定都市や九州新幹線全線開業が見えてきた段階では、対外的なアピールや政令指定都市としての動きが増えてきたことで、時間の使い方に変化が起きたのは事実ですね。私自身のやり方がいいか、悪いか、は分かりません。人それぞれのやり方があるということです。

 就任してすぐは、市議会と衝突することも多く、否決されて私が悔しそうな顔をしている場面が報道されることもありました。議場で答えるために、前日に職員たちと打ち合わせをするんですが、夜中の1時、2時まで延々と協議をして、それをまとめた考えを議場で発言していました。市の方針を決める際にも同様ですが、基本的な考え方はどうなのか、この答えで本当にいいのかなど、表現も含めて精査するための時間が必要なんです。職員たちは、それまでそういったスタイルには慣れていなかったと思いますが、私のやり方に付いてきてくれましたね。

 私の議会での答弁や記者会見での発言が非常に慎重で「おもしろ味がない」という声も聞きますが、それだけ市長の発言は責任が重く、しかも言葉に責任を持つことが必要なんです。熊本市として責任ある発言をするためにも、職員たちとしっかりと議論をして、意識を共有し、私がその代表として発言する、そんなスタイルを築きました。

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